脚本演出/柳 雅之
公演日/1997年11月29・30日(土・日)
公演回数/2stages
公演時間/90min.
会場/愛媛県女性総合センター多目的ホール

砂の栞........。
「どうやって生きるのかではなく.....なぜ生きなければならないのか?」
「アポトーシスとネクローシス。
死によって自らの生に意味をなそうとしても空虚しかない」
「羊のドリー。遅れてきた双子。人間の完全なる複製技術。完全なるエゴを引き出す」
「春と修羅。わたくしといふ現象は.......」
「それでも、私は.......、ペシミストになり損ねた君に......、
いいや、なれなかった君のために」
「この物語を書く......。癒されるために」
久々の本格長編オリジナルであった第10回公演。
音響スタッフが充実し、BGMやメインテーマ、効果音のすべてがオリジナルで、クロニクル独自の世界を表現した。なぜ生きなければならないのか?クローン技術や宮沢賢治の「春と修羅」を題材に生という現象に迫り、アポトー
シスとネクローシスなど、生の中で死のなす意味についても考えた。
日頃意識しづらい「生きる」という事に触れるために、そして、すべてのペシミストになり損ねた人々におくる、癒しの物語であった。
いつも残響に悩まされていた多目的ホールであったが、今回は特別に熊本ヒルコ株式会社様に技術協力を頂いて、役者の声が正面から聞こえるようになった。
スピーカーや音響機器にも特殊なチューニングパーツを装着していただき、音響のレベルは過去最高のモノになっていたと思われる。
音響部門が篠原・池内・ゲスト参加の零の3人体制だったことでかなりグレードアップした。
音響部門のまとめ役の篠原には苦労をかけてしまったが、それに見合う成果があり、観客の皆様の評価も高かった。
公演そのものは1日目は春の嵐を思わせる悪天候、
2日目はなんとか晴れたが、もう1つ動員が伸びなかった。
やはり高校生が期末テストを控えほとんど来られなかったのが大きいのかもしれない。
観客の皆様の反応として、脚本はやや文語的で語句が難しいモノがあったという指摘をのぞいてはおおむね好評で、評価も高かった。役者に関して、コメディタッチの山内演じるスザキ大佐と柳演じる土橋中尉のコンビのギャグはやっぱり受け入れられなかった(^^;)がコミカルなテンポは支持を受けた。
安藤演じるさくらは好演していたが後半、閣下になってからの迫力がもう一つとの評、中城演じる嵯峨はその発声に聞き惚れる観客がいる一方で聞き取りづらいとの声も。
三浦演じるセイは本番前から指摘されていた語尾が消える問題とセリフが早くなりすぎる現象が本番も現れた。
セリフとしてはセイに共感してくださる方が多かった。
ただ、役者の演技そのものは各人納得のいくモノにはほど遠く、「これで終わってしまったという事が受け入れがたい」との発言も。
一方で少なくなった団員で役割分担を確実に行う事の必要性や稽古以外の対話の重要性など、学生から社会人へと団員の身分が移り行く中で根幹の劇団の運営面での問題も浮き彫りになった。
脚本演出の言葉(柳 雅之)

脚本家であり演出家であり、座長であり役者でもある。傍目に無茶な事を続けながら気がつくと十回目の公演です。記念公演みたいなものは十二回目に考えているのでそれまで続けばいいのですが、やはり一つの区切りを感じています。
団員は一番多い時の半数以下でついに一ケタになってしまいました。少なくなった分だけ一体感があるかといえばそうでもなく、腸炎のタネは次から次へと私を襲います。自分はある意味、中途半端で器用貧乏な人間だと、思っています。この公演でも「みんなをまとめて引っ張って行くからには投げやりなことを言わずに最後まで責任を持って欲しい」と言われ思わず納得してしまいました。また、社会人で「仕事が終わって家に帰ってまで劇団のこと、考えられない」と心情を吐露する団員もいました。私は再び納得しました。
しかし、反面、四六時中劇団のことを考えているような自分に疑問を持つこともあります。「まとめ役なんてやるもんじゃないね」と、前述の責任を持て!と言った団員は続けました。個々人のいろいろな立場、考え方があって、しかもなかなか一筋縄では行かない面々です。「自分たちでちゃんと判断しているのだからまかせて欲しい」とある団員は言います。でも、だからといってばらばらに進めていたのでは一つのまとまりのある舞台をつくることは出来ません。そして、そのばらばらな意思を舞台という一つの作品に束ねることが、脚本家としての、演出家としての、座長としての自分の責任と役割だと感じています。ともすれば自分さえもがばらばらに砕け散ってしまいそうな妄想にのたうちながら、それでも一つの舞台を目指して、団員を、脚本を、そして自分を束ねること...。その結果がこの舞台です。
皆様、挨拶が遅れました。お久しぶりです。元気に、生きてきましたか?ほぼ一年ぶりということもあり、ダイレクトメールもかなりの数が転居先不明・転送期間終了で戻ってきました。今回はある意味ゆっくりと私の心の深いところまで潜って物語を作りました。この舞台によって皆様に少しでも生きる勇気を感じていただくことが出来れば、幸いです。ご来場、本当にありがとうございます。最後までごゆっくりとどうぞ。 (1997年11月11日 AM5:25 風邪グスリで朦朧とする意識の中で)
「砂の栞」制作日誌